Geistburg relics

自分用外部記憶箱

Morning Star IzuChiho ver.

 Morning Star IzuChiho ver.は2017年にフリーウェアとして公開したシューティングゲーム。スペインはMATRA COMPUTER AUTOMATION*1から、拙作を含む同社商品の予約特典としても頒布された。メディアは2DD。

f:id:ghost-vrmovies:20220316071331p:plain

MATRA頒布版ジャケット

 元を糺せば、2000年4月オランダはTilburgで開催されたMSX fairに参加*2し手売りしたゲームを改作したものであり、改作に際して伊豆千穂氏(後述)の手になるイラストがゲーム中に追加されている。

 MSXサークルGIGAMIX謹製のBASICプログラム開発支援ツールDM-SYSTEM2*3を使用している。本作ブート時にはこのDM-SYSTEM2のロゴが表示されるが、これは同SYSTEMのバージョンアップに伴いある時点からビルドイン時の表示がオミットされていたものを、NF-BAN氏*4に無理にお願いして表示する版を特別に提供いただいたものになる、このロゴがとても気に入っていたので。

伊豆千穂とは?

 伊豆千穂氏は、20年来のボクの職場の同僚である。今回、ゲーム用のイラストを無理をお願いして描き下ろしていただいたのもそのようなご縁によるものだ。彼(彼女、ではなく、彼である)を知っておいでの方に対してはこれ以上説明することもないのであるが、蛇足承知で今少し解説を加えたい。

 インターネットが世に蔓延る以前、1990年代のパソコン通信の黎明期に“ネカマ”という言葉が生まれた。これは、直接的にはネットワーク上で女性を演じる男性、という意味であり、そういう人はインターネット全盛の今日でも少なからず存在するが、パソコン通信の黎明期に、なぜネカマという新語が生まれるほどにそのような人々が現れたのか、その背景を知る人はあまりいないのではないか、と思う。

 これを理解するには、さらに時代を遡って1980年代前半、投稿系パソコン雑誌の全盛期に目を向ける必要がある。この時期に、実際には男性であるか、あるいは性別不詳であるが、誌面上では女性名で活躍する一群の人々がいた。伊豆千穂氏はその走りとでも呼ぶべき人であり、かつ、多くの人の記憶に残るインパクトを放った人物でもあった。

 これはボクが同僚に阿って勝手に言っていることではない。その証拠に、伊豆千穂氏に言及しているWeb上の文章を紹介しておきたい。ググれば他にもたくさん(当の本人の手になるWebも含めて)出てくるだろう。

www.famitsu.com

 伊豆千穂氏のホームグラウンド誌『テクノポリス』(徳間書店)からするとライバル誌であった『LOGiN』(アスキー)の名物編集者だった忍者増田氏の回顧録。彼もまた千穂氏を女性だと思い込んでいたこと、それを2012年にもなって思い出せていることが伝わってくる。

 90年代のネカマムーブメントは、ボクの見るところ、伊豆千穂氏に代表される雑誌上で人気を博した女性名執筆者*5ロールモデルとして派生している。本当に性同一性障害等を抱えているケースを例外として除けば、いわゆるネカマ諸兄のネカマ化の動機は、男性多数であったパソコン通信界隈において手っ取り早く目立つこと、であったのは、ちょっと考えれば誰にでもわかることである。

 そうした中にあって伊豆千穂氏が特殊なのは、実は彼は故意に女性を装っていたのではなく、素だったという点である。いや、こう書くとまるで千穂氏が本物のオカマだ、と言っているみたいでアレゲであるが、現実の彼は、とてもキレるエンジニアであり、かつ、美人の奥さんとめっちゃ可愛い娘のいる普通の……いや、かなり普通から逸脱した御仁あることは確かなのであるが……オッサンだ。

 何を以って“素だった”とするのかと言うと、彼は極端な少女趣味の人なのである。絵を描かせれば少女漫画のような絵を描くし、筆跡は女の子のそれのようであるし、女の子が好むアニメばかりが大好きで、仕事上しばしばトラブルを引き起こす彼独特の思考様式もまた、氏を思春期の女の子であると仮定すればまったく謎でも何でもなく、彼の素によるものであることが理解できる……そういう人なのである。あ、念のため、コレ、氏の個性を褒めて言っているつもりなので、ボク主観としては。

f:id:ghost-vrmovies:20220316093318p:plain

氏に提供いただいた原画、ディスクイメージにもSCREEN12向けデータをオマケ封入

 テクノポリス誌上のキャラクターとしての伊豆千穂を記憶する少なからぬ人が、彼もまた誌上で人気を得るべく女性を偽装していたのだろう、と考えていたのではないかと思うが、断言するがそれはない。彼は素の自分と、今から振り返ればいささか不適切であったペンネーム(元来は彼の描く少女キャラに与えられた名前だったそうな)から読者によって勝手に女性と誤解された人なのであって、本人の自己認識は当時も今も揺るぎなく男性なのだ。

 平安時代紀貫之まで遡るのであれば、女性に仮託して男性が物書くのは日本の伝統である、と言えるのかも知れないが、こと90年代のネカマムーブメントに焦点を絞った場合、その原点は、自身にはそのつもりがなかったにもかかわらず誌面上にて素の自分をさらけ出した結果人気を博し、意図せずして女性を擬することが男性中心のコンピューティングの世界において衆目を集めるに有効であることを証明してしまった伊豆千穂氏の業績(?)に帰するところ大である、というのが、ボクの見解である。どうにも当のご本人にはその自覚が希薄なのであるが。

 本稿およびMorning Star IzuChiho Versionは、この事績を後世に留めおくべく、我が僚友への敬意と親愛と、そして若干の嫉妬を込めて作成された。

f:id:ghost-vrmovies:20220316093514p:plain

ゲーム中にはSCREEN5コンバートした画像が使用されている

 正直に告白すると、誰よりも個性的でありたいと願って必死に奇人変人を演じつつその内実としては自身が凡人に過ぎないことを自覚していた若い日のボクは、伊豆千穂という天然物の奇人変人に出会うことによって「あぁ、本物には決して敵わないから、もうボクには無理をする必要がないのだ」と救われたのであって、存外ボクはそのことに感謝しているのである。感謝しているように見えないかも知れないが、本当に感謝しているのである。いや、マジで。

 

 ちなみに、上記とほぼ同趣旨の英文が、MATRA版付属のドキュメントにも記載されている。氏の偉業を大海を越えて伝播せしめたことは誇らしく思うところである、ただの同僚への嫌がらせ、という説もあるが。

*1:http://www.matranet.net/

*2:現地で同じく日本から参加していたMSXサークルFRONTLINEのNASU氏ご一行と出会った。イベント終了後パリへ戻ったボクら夫婦に対し、彼らはオランダでヒドい目に遭うのだが、それについてはここでは語るまい。ちなみに彼らは翌年2001年には西和彦氏を伴って同Fairを再訪している。

*3:https://www.gigamix.jp/ds2/

*4:https://twitter.com/nf_ban

*5:電波新聞社系で多数の単著を擁した高橋はるみ氏などが有名。ボクの知る限り真相は明らかになっていないが、意図的に「女子高生プログラマー」を売りとして創作されたキャラクターであった可能性が高い。というか、当時小学生で電波新聞社系パソコン雑誌の読者であったボク自身「うさんくせー」と思っていたクチである。